盤石の東大漕艇部
S55主将 石井伸寿
1. 昭和55年全日本で二連勝達成
前年の全日本選手権で優勝したことから、昭和55年(1980年)は優勝以外ありえないという雰囲気で始まりました。ひとつ前の代が勝ったのに自分たちが負けたら、これほど悔しいことはありません。意地とプライドを賭けたボート部生活です。勝つために何をするか?それは日本で一番多く練習することでした。
練習量は前年の2割増しといった感じでした。土日にそれぞれ2出艇するのですが、これが厳しかった。当時の須藤ヘッドコーチは事前にどのくらい漕ぐのかクルーに伝えてくれません。エイト二杯で並べながら、モーターからの指示に従い、これで最後と言われるまで漕ぎ続けます。漕手たちは、いつまで続くんだろうと思いながら練習するのです。
もちろん、当時も「質か量か」という議論がありました。つまり量を減らして質を高めた方が練習効率が上がるのではないかという議論です。しかし、そうした議論が出るたびにクルーの中から「今の練習量を維持しながら質を高めれば良い」といった声が出ました。全日本で二連勝するために、日本で一番多く練習するということが共通認識でした。
結果的に全日本のクルーは、持久力のあるエイトとなりました。スタートも早かったため、最初から飛び出し、そのまま差を広げて勝つというレース展開です。NHKのニュースフィルムに当時の全日本選手権が残っていますが、まさに圧勝でした。優勝の瞬間は、喜びというより、責任を果たせて良かった、ほっとしたというのが実感でした。
2. 現役へのメッセージ
テレビでスポーツの仕事をしていて、日本のトップアスリートの練習を目にしたり耳にしたりします。彼らは、信じられないくらいのハードトレーニングをしています。サッカーのU選手が所属するドイツのチームでは、階段登りなどをするとき、最初に何本走るというメニューの提示はなく、トレーナーが終わりと言うまでダッシュを繰り返すそうです。ボクシング世界チャンピオンのI選手は、心拍が210以下にならない運動を3分間続け、それを12ランドこなすそうです。(1000mタイムトライアルを1分インターバルで12本やるのと似ていますね)スピードスケートのS選手は自転車エルゴが終わると床に崩れ落ち太ももをさすりながら悶絶していました。競泳のK選手は練習中に「苦しい。吐きそう」と言っていました。
皆さんと同年代では慶応大学野球部の素振り千本が有名です。慶応の選手の体つきは他大学を圧倒し、六大学で優勝しています。試合に勝つ、優勝するということは、こうした過酷な練習があってはじめて可能になるということがわかります。
3. 高校生へのメッセージ
今は勉強。大学に入ったら運動部に入りましょう。きっと良いことがあります。
石井伸寿 (いしいのぶとし)
1982年文学部卒業
同年、NHK入局。
報道局スポーツ部長などを経て、現在は報道局おはよう日本部長。
3年次にモスクワオリンピックエイト選考会で優勝するも、五輪自体の中止により参加はならなかった。
翌年は東商戦、全日本エイトなどで優勝し、軽量級世界選手権(ベルギー)のエイト種目では8か国中7位に入った。

