東大漕艇部最強時代
S56主将 西野哲史
1981年8月30日、全日本エイト決勝。レースを終えて船台に戻ってきたクルーに須藤コーチは、満面に笑みを湛えながら言った。「こんなに強くなる筈じゃなかった」。
平均身長は174.6センチ。圧倒的に小柄なクルーだったが、その年の全日本軽量、インカレ、全日本を含む国内すべてのレースで勝利を収めた。おまけに、イタリア・ミラノで開かれた国際大学選手権でも、1000、2000mとも大接戦の末、ドイツを押さえて優勝していた。海外での勝利は45年ぶりとも報道された。
なぜ強かったのか?練習量は確かに群を抜いて多かった。でも、言うまでもなく、練習量が多ければ勝てるものでもない。では、体力があった?そうズバ抜けてはいなかった筈。漕ぎがうまかった?6番漕手(私)を除けばそう言えるかも?つまり、人生は深遠なるもので、理由はきっと単純ではない。須藤コーチの褒め言葉にも我々自身、頷ける部分があった。
強さの理由は判らなくても、強さの一端を示すことは出来る。それはクルーの安定感だ。いろいろなクルーに乗ってきたが、レースでこれほど安定感のあったクルーは他にはなかった。クルーとしてのまとまりは一段上だったと思う。最上級生はわずか6人。しかし、その6人が全員、対校エイトに乗ることになったことが幸いしたのかもしれない。クルーの中で、お互いの力量もクセも性格も知り尽くしていた。おまけにメチャなハードメニューを3年生3人とともに一緒にこなしてきた自負もあった。実力伯仲、つまり競り合うようなレース展開になった場合は、「こいつらと同じ艇に乗っていて負けるわけがない」という揺るぎのない自信を持てるようになっていた。偉そうで大変申し訳ないが、事実、競り負けたことは一度もなかった。
クルーには一風変わった戦いぶりがあった。「お先にドーゾ作戦」である。スタートで、他艇に自由に先行させてあげる作戦をとっていたのだ(笑)。ボートでは、前に出て背中を見ながら漕ぐ方が心理的にも圧倒的優位に立つ。しかし、前に出られても慌てることなく、クオーター毎のタイム落ちをなくすような漕ぎが出来れば、結果としてレースタイムが上がり、相手にも勝てる筈だった。固有名詞は決して言えないが、ヘボい大学にも500mではよく出られたものだ。言うならば、後半に逆転するレース展開が我々の十八番だった。
しかし…最後の試合となる夏の全日本エイト決勝。図らずもスタートから、するすると前に出てしまった。前日のインカレ決勝で、スパートもかけず余力を残し過ぎたのがいけなかったのか(笑)?「一体誰が最初から飛ばしているんだ」。「最後の試合ぐらい競り合いを楽しもうよ」。レース中に考えたこともないようなことばかりが頭に浮かんでくる。日差しを受け輝く水面。はるか頭上を舞うヘリ。側道を走る自転車のブレーキ音。そして、繰り返される「トーダイ」の声援。さまざまなものが目や耳に飛び込んできた。大学時代のすべてはこの全日本エイト決勝のためにあった。そして、そこには思いもよらぬ時間が待っていた。このままいつまでも漕ぎ続けられるのではと思うほどの…楽しくて至福の瞬間。歯を食いしばることの一切ない、圧勝だった。
3年の冬は、暗くて辛い日々だった。全日本の2連覇を祝う席で、OBから「弱い年でも応援して欲しい」と言われるなど、54年、55年に比べるとレベルも層も明らかに見劣りがした。2連覇がなければ楽なのに、と先代の偉業を少々恨む気持ちさえ持ちながら、厳しい冬の練習を繰り返していたのだ。
4年の春。単純ではない何かがいろいろ働いて、そこには、練習でも試合でも決して負けることのない「最強」のクルーが突如、出現していた。
結果は偶然の産物でしかない。そして、先天的な能力に差異がある以上、努力の量と結果は比例しないことも明白だ。そうであれば、、結果を自らの努力の量によって自己評価しながら生きていくしかないと考えていた。つまり、どんな結果でも納得できる練習。しかし、そう思えるような練習を実現することは実は、極めて難しい。おそらくそこら辺のレースで勝つことよりもずっと難しいのではと思う。目指して欲しい。自分の中の、高さの極みを!若き後輩たちの奮起を心から祈っている。
それから、未来の大学生にもひと言。30年経っても、強烈な記憶となっているボートの試合。一体なぜ?それは単純なことだ。投入するエネルギーが大きければ大きいほど、得られる感動も大きいからだ。いつまでも薄らがない記憶というものはそうそうあるものではない。何にも代え難い一瞬の記憶。厳しくも楽しいボートの扉を開かれんことを切に願う。
西野哲史 (にしのてつじ)
1983年理学部卒業
同年、TBS入局。
現在は報道局担当局次長。
4年次に東商戦、軽量級、インカレ、全日本をいずれもエイトで優勝。
国際大学選手権エイト(イタリア1000m&2000m)でも優勝を果たした。
マーローレガッタ以来45年ぶりの国際大会優勝だ。

