チーム紹介

ローマオリンピックに参加


S37主将 大久保尚武


東大フォアクルーは1960年のローマオリンピックに日本代表として参加した。1936年のベルリンオリンピックのエイト以来東大として2回目のオリンピック出漕である。このクルーは驚くほど若いクルーだった。ストロークペアの水木・大久保は3年生になったばかり、コックスの斎藤・バウペアの福田・村井の3人は2年生である。つまり2年生の3人は実質ボートを漕ぎだして1年もたっていないのだ。こんな若いクルーがどうして予選に勝てたのだろうか。わたしは今考えてみて3つのポイントがあったと思う。

1、まず東大ボート部全体のチーム力である。荒川・杉田の2人の名コーチ、赤峰キャップテンをはじめとする明朗闊達で利己主義のかけらもないすばらしいクルー達、陰で支えてくれた多くのマネジャーと先輩。ボートは1人では絶対に勝てない。この仲間達と一緒に戦えたことが、わが生涯最大の幸せであった。
2、日本ボート界で最初に「科学的トレーニング」を取り入れたこと。東大医学部の石河先生のご指導で、心肺機能や筋力の強化のための特別なトレーニングを行い、毎月測定して強化状況をチェックした。5月の予選の時には体力的には他クルーを圧倒していたと思う。これが大きかった。
3、7か月間の寝食を忘れた猛練習。やはりこれ無くして勝てるわけがない。デートもマージャンも、そして大好きな(?)勉強も全てなげうって練習にうちこんだ。ある目的を達成するために、人生のある時期にこうした時間を持つことがいかに大切か、この歳になるとよくわかる。


以上のとうりなのだが、実はこうした練習によって培われた精神力が本当はいちばん大切なのかもしれない。具体的には大先輩石原忍先生の「漕艇雑感」に書かれている精神だ。合宿所に掛っているから知っている人も多いだろう。例えば「自分の苦しい時は人もまた苦しいのであるから、常に人より一層苦しい練習をするように心がけること」といった一節は、今でもいつも心に思いうかべながら事にあたることが多い。

最後にわたしがどうしてボート部に入ろうと思ったのかを書いておきたい。東大に入ったらどの部に入ろうか、考えている高校生諸君の参考になればと思う。
わたしはまず、東大に入っても頭でっかちの人間にだけはなりたくないと思った。そのためには、伝統あるボート部に入り厳しい練習を経て、頭脳・肉体・精神のバランスのとれた人間をめざしたいと考えた。青白きインテリが嫌だったのだ。
もうひとつ、ボート部で生涯の友を得たいそしてすばらしい先輩達とも会って話を聞きたい、そう考えた。「友の憂いに吾は泣き、我が喜びに友は舞う」。そんな友をわたしはボートをつうじてたくさん持つことができた。良き人生をおくれたゆえんだと思う。 


大久保尚武 (おおくぼなおたけ)

1962年法学部卒。
現在は積水化学工業代表取締役会長 (2009年より)。
3年時に舵手付きフォアでローマ五輪に出場。
4年時にはエイトで東商戦、全日本を制す。
卒業後も日本のボート界に携わり、日本ボート協会理事(強化担当)や日本ボート協会副会長を歴任し、2004年に日本ボート協会会長に就任した。